いい音って何?タイムドメイン向きの音楽からオーディオの本質を考える。


タイムドメインスピーカーを手に入れると、最初はその音質に驚き、そして音楽本来の持つ美しさや楽しさをこれまで以上に感じる事ができるようになるかと思う。

でも、おそらく多くの人が色々と聴く中で一つ、思う事があるんじゃないかとも思う。

それは、「このスピーカー、楽曲選ぶよね?」なんていう印象だ。ある特定のCDで全く求めるパフォーマンスが得られず、ガッカリするなんていう人もいるかもしれない。

というわけで、今回は、こういった状況が何故生まれるのかについて、そして「タイムドメイン向きの楽曲」の存在自体から見えてくる「オーディオの本質」なるものについて少し自分の意見を書いてみたいと思う。

タイムドメインに向く&向かない楽曲のナゾ


さて、以下の記事で「タイムドメインで聴きたい」楽曲について幾つか紹介してみた。


この記事をまとめるために自分の普段聴いている音楽をタイムドメインスピーカー(TIMEDOMAIN light)で当然試聴しているわけなのだけど、その中で幾つかのアルバムで事前の想定と異なり「そこまで良く聴こえない」という体験をすることになった。

その内の一つがまずイギリスのシンガー・ソングライターであるコリーヌ・ベイリー・レイの「The Sea」というアルバム。

そしてもう一つが、日本のジャズトリオであるH Zettrioのアルバム全般だ。

コリーヌ・ベイリー・レイのアルバムは特に「優良録音」盤として過去にどこかで紹介されていたのを見つけて、入手していたのを前回のテーマでイケるんじゃないかと思って試しに聴いてみたのだけど、どうにも思うほどの試聴結果が得られず、結局紹介に至らなかったという経緯がある。(以下は最新のアルバムの楽曲なので結果は異なるかもしれない)



また、普段から良く聴いているH Zettrioのアルバムについては、元々が生楽器の演奏という事と、どこかのインタビューで「ハイレゾを意識して楽曲は作成している」ような話を読んだこともあって、今回の試聴対象に加えたのだけどこちらもあまりうまく再生できていない印象を受けた。


なお、あくまでうまく再生できていないと感じるだけだけであって、楽曲自体はメチャメチャ良い事にはご注意を。





「うまく再生できない」状況を考える


さて、ではボクがどのように「うまく再生できない」と感じたのか。

まず、コリーヌ・ベイリー・レイの場合、確かに全般的に良い音で優良録音盤として紹介されている事も十分理解できるのだけど、まず、どうにも出て来る音が「古い設計のスピーカーで聴いているようなこもった音」のように聴こえるという印象を受けた。

また、タイムドメインスピーカーで聴いているにも関わらず、音の分離が悪く、楽器の中でコリーヌ・ベイリー・レイが埋もれてしまったようなそんな印象も受けてしまう。

全体として、「もっと美しい楽曲だと思うんだけど、、、」とその伸び悩み部分が気になってしまい、そこでフラストレーションを感じて、長く聴けない結果を引き起こしてしまう。

そして、次にH Zettrioの場合だけど、こちらも多くのJAZZ演奏がタイムドメインスピーカーにより素晴らしく聴こえる事から期待したのだけど、こちらの試聴結果も少なくとも「一度このタイムドメインで聴いてみて」と誰かに伝える程には良い結果が得られなかった。

なお、こちらはどちらかというと、ピアノなどの生楽器で「心地よい音楽で必要と感じる響き成分」が不足しているように感じ、その結果全体に乾いた印象を受けてしまう事で、楽曲としては素晴らしいが、音楽としては多少物足りなく感じてしまう結果となっている。

この点、実際にピアノ演奏者なんかに聴くと「ピアノってこういう音だよ」という話にしかならないのかもしれないけど、それでも音楽を聴く、もっと言えばオーディオを楽しむといった観点では艶がちと足りないというように感じてしまった。

なお、じゃあこれらの楽曲自体がダメなのかという点については、全くそういう事はなく、他の一般的な構成の環境での試聴では全く問題なく、本当に素晴らしく感じるので、これはつまり、「タイムドメインスピーカーではうまく再生できていない」という結論になるんじゃないかと思う。

「本当に良い音」って何だ?


さて、この「思ったよりうまく再生できない」という状況は、実は逆の体験も良くあって、普通のアイドルの楽曲みたいなものやデスメタル(TIMEDOMAIN lightではキツいかもしれない)、ロック、電子音楽系でも、うまく再生できるものが色々あって、どうにも「ジャンルで特定できるモノではない」というのもわかってきた。(以下のgroup_inouみたいな楽曲も実にうまく再生できる)



では、いったいここを左右している要素は何なんだろうか?

通常、うまく再生できるできないは結局のところ、「録音の良し悪し」という事になるんだけど、その「良し悪し」はどうも世間一般で優良録音盤と言われている「優良」とも違うんじゃないかという風に今は考えている。

何故なら、皆さんの自宅オーディオの音が他の人には絶対に伝わらないように、環境によってその結果は千差万別で、一般的なオーディオで評価された音はタイムドメイン方式では参考になりこそすれ、全く異なる結果を生む可能性は十分にあるからだ。

JBL、BOSE、ELAC、YAMAHA、DALI、B&W、タンノイ、KEF、そしてタイムドメイン。スピーカーメーカーは多くあれど、もし楽曲作成時にミキシングなどの作業を任されるとした場合、いったい「どのスピーカーに向けて仕上げれば良い?」んだろうか。

この中でタイムドメインに向けて音を仕上げるなんて事は絶対にありえないんじゃないだろうか?

楽曲はすべて「現在の一般的なスピーカー」に向けて仕上げていくという風に考えるのが普通なんじゃないだろうか。

こう考えると、一つの考え方に行き着く。

それは音源そのものの仕上げが、

「鳴らして完成させる」

のか

「鳴らす前に完成しているのか」

のいずれの考えに依って為されているのかという話である。ここを理解しないと本当の意味で「良い音」を得る事は出来ないんじゃないだろうか。

「鳴らして完成させる」のか「鳴らす前に完成しているのか」


例えばハードロックのライブ会場などを想像してみよう。

大抵ああいうライブでは「爆音でさえあれば歪み上等」みたいなスピーカーの使い方がされていて、結局ゴリゴリの音圧と歪みだらけで下手すると音が割れていたりする事もあるのだけど、不思議と不満を感じず、逆にノリノリで音楽を聴ける、なんて事があるんじゃないだろうか。

では、この音楽体験を自宅に持ち込もうとそのアーティストのアルバムを購入して自宅で聴く場合の事を考えてみよう。果たして、「ライブ会場の音楽体験を自宅で再現する」事は可能だろうか?

スタジオ録音されたそのアルバムはなんだかんだでキレイな音のままで仕上げられており、ノリが悪く、音が薄く、シャカシャカしたどうにも軽い音のように感じるんじゃないだろうか。

じゃあ、ボクらはどうすれば良いのか?

おそらく、BOSEのスピーカーなど、「重低音に強い」スピーカーを導入したり、もしくはサブウーファーなどを導入して、さらにイコライザーをいじって低音をブーストしたりして、好みの音質に仕上げるのが近道なんじゃないだろうか。

そして、これがつまり「鳴らして完成させる」の典型的な例と言えるだろう。

では逆にこれが、マイク一本、ギターとボーカルのみのアコースティックライブだった場合はどうだろう。


楽曲の録音はライブ環境より音響設備の良いスタジオで、ほぼライブ同然に録音することが可能で、その場の空気や、空気の振動、息遣い、部屋の反響音まですべて引っくるめてアルバムに収める事ができる

こういった音源は音源の状態で必要なものは全て含まれているわけで、つまりこれが「鳴らす前に完成している」という状態の典型的な例と言って過言ではないだろう。

以上、楽曲には「鳴らす前に完成している」ものと「鳴らして完成させる」ものがある

これは結構大事な考え方なんじゃないかと思う。

タイムドメイン向きの楽曲の本質とは?


もうここまで書くと勘のいい人はお気づきだと思うが、結局、「タイムドメイン向きの楽曲」とは「鳴らす前に完成している楽曲」であるというのがボクの現時点での結論だ。

そして、面白い事にこのポイントに気づくと、どういった音楽がタイムドメインスピーカーでより良く聴けるかというのもだいたいわかるようになってくる。

なお、前回のタイムドメイン向きの楽曲紹介時に紹介した楽曲全体を見返してもらうと、上記で述べたような「その場の空気感を含めて全て楽曲に収めた」ような楽曲である事がわかってもらえると思う。

さて、それではこの考え方に照らし合わせた場合に、先程紹介したコリーヌ・ベイリー・レイのアルバムのどの点がタイムドメインスピーカーでうまく再生できない原因だったのだろうか?

それは、まず、おそらくこのアルバム自体が「JAZZ向きのオーディオ環境」で聴く事を前提にチューニングされていると考えれば良いんじゃないだろうか。

つまり、音の分離はそこまで不要で点というより面、繊細さよりエネルギーに重点を置き、かつそれを「JAZZ向きのオーディオ機器に委ねている」という仕上げがなされているんじゃないだろうか。

ボクの感覚ではこういった楽曲は、なんとなくだけど、床置のデカいスピーカーに高出力のアンプで鳴らすとうまくいくように思う。

そして次に、H Zettrioについても、おそらくアルバムの収録時にそれぞれの楽器の音を「繊細かつ丁寧に録音している」がために、逆に「素材として正しく収められている」ために音源の状態では正しいが艶の無い状態が出来上がり、それを多少はオーディオ機器で補完してやらないといけない状況となっているのではないだろうか。

これらの楽曲は結局「鳴らして完成させる」楽曲になっているがために、「ありのままをそのまま再生する」タイムドメインスピーカーでは少し物足りなく感じてしまう結果となるんじゃないかとボクは考えている。


タイムドメインから考える「オーディオの本質」


さて、過去にボクはYoshii9の構造について考える記事の中で「Yoshii9は奥深い」と書いた。


そして、同様にタイムドメインは奥深いと思うのは、こういった事から「オーディオの本質」とは何かについて思いを馳せるようになるからだ。

それはつまり、「ボクらは一体何を再生しているのか?」という究極の問いである。

好きなアーティストのアルバムを購入し、さて聴こうと思った時に、どういうオーディオ環境で聴けば良いのか、最高の状態で再生するにはどうすれば良いのか、アーティストの意図はどこか、もしくはアルバムとして仕上げたプロデューサーの意図はどこにあるのか

そういった事を意識することが重要だと気付かされるのだ。

そして、ボクの結論的には「ボクは単なるお客様に過ぎないので自分ではなんとかしない(できない)」という方針を可能な限り取りたいと考えている。

つまり、その方針ではオーディオ機器による色付けはなるべく排除して、オーディオ機器の性能のみを高める事を意識してやれば良いという事になる。

良い音源、良いオーディオ機器をポン置きして、後はじっくり楽しむ」、なんてのが最高じゃないだろうか。

なお、補足しておくと、当然、逆の方針も取り得るわけで、本来、客が演者のところに行って、使用する機器およびそのセッティング、歌い方の指導などをやるなんて現実ではナンセンスな事なんだけど、それでもオーディオ自体は個人の自由で、自前の機器で勝手にやれば良いだろう。

あれこれ、ケーブルを交換したりなど、積極的に色付けをするなんていうのも従来のピュアオーディオ的には常套手段なので、全くこれでも問題ないのだと思う。

結局、元の音源の収録状態が悪すぎれば、後ろで自分の好みでイジってあげた方が良い結果となる事も多いと思うしね。

まあ、ボクの場合は、「もう自分でリマスターかけれないかしら?」なんて思っているのだけど(笑)


まとめ:これからの音楽配信スタイルへの提言

さて、以上、今回は「タイムドメイン向き/不向きの楽曲」からオーディオって何だろうという根本のテーマについて書いてみた。

まあ、こういう話、突き詰めればミキシングを担当する人は自宅はBOSEのスピーカーしか持ってないとかやめてネという事になるんだけど(笑)

なお、今後どんどんCDは廃れて、音楽配信が中心になると思うんだけど、CDという物理的な流通経路を経ないで販売しているんだから、安くするか、付加価値を何か付けてほしいと常々思っていたりする。

そして、その付加価値の一つの方法として、今回書いたように「音源の仕上げにより自身の環境に合う合わないという状況が発生する」のならば「マスター(場合によっては人も)を変えた複数のバージョンを同時販売する」というのもそこまでコストを上げずに付加価値を増す一つの手段なんじゃないだろうか。

この際、2バージョンと言わずにもっと色々なバージョンが合っても良く、各々のスピーカーに合わせたバージョンを準備する、なんてのも悪くないかもしれない。

もう今やAIの時代なんだから、方針だけ指示して「You調整しちゃえYo!」みたいなノリであらゆるバージョンを自動生成してもいいくらい(笑)

まあ、ボクらは所詮、お客様。オーディオなんて本質的にはもっと受け身な側面が強くて、良いと思うんだけどね。

タイムドメインスピーカーなら、良い音源に対してはこれが実現できているわけで、後は残りの調理の難しい楽曲達をどうにか(笑)



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2 件のコメント :

匿名 さんのコメント...
Kichijo Taro さんのコメント...