最近、オーディオを趣味とする一部の人の中で、ラズパイ・オーディオなんてものがブームになっていたりする。
これはRaspberry Piという小型のコンピュータを使って、ネットワークオーディオプレーヤーを構築してやる、というもので、Raspberry Piが登場してからのこの5年程の間に、多くの人が切磋琢磨し続けた結果、最近ようやく一般のユーザーにも扱いやすい状況となった事が、ブームの源泉にあるかと思う。
というわけで、今回は、ここ数年間、ラズパイ・オーディオの黎明期からその進化の過程を見てきたボクが、このラズパイ・オーディオを語る上で、その先駆者となり、道を切り拓いてきたと考える、決して忘れてはならない「七人の賢人」について是非紹介させて欲しいと思う。
これからラズパイ・オーディオを始める方にも有益な情報を含む内容となっているので、興味がある方は是非参照ください!
(なお、皆様の許可無くお名前を掲載しているので、何か問題や記述に誤りがあればご面倒をおかけしますが、ご連絡ください。)
punkytseさん(VoyageMPDの作者)
久々に起動したけど、設定を突き詰めたVoyageMPDの音はやっぱり凄い。
ラズパイ・オーディオを語る上で、VoyageMPDの存在は決して忘れてはならないとボクは思っている。
Voyage Linux { x86 Embedded Linux = Green computing }
VoyageMPDというのはpunkytseさんによって開発された、x86のCPU(つまり普通のPC)で動作する超軽量LinuxであるVoyageLinux(同開発者)上に、ミュージックプレーヤーデーモン(MPD)というネットワークプレーヤーを構築するためのソフトウェアを導入したもので、昨今のラズパイ・オーディオを構成しているコンセプトの多くはこのVoyageMPDから受け継いだものだと考えている。
そのコンセプトについては、例えば、
・軽量なLinux上でMPDの動作のみに最適化させる
・ReadOnlyのディスク上で動作させる事でいつでもシャットダウン可能
・リアルタイムカーネルでCPU処理をMPDに集中させる
などが挙げられると思うけど、これらは現在のラズパイ・オーディオで動作するVolumioやLightMPD、その他のディストリビューションでもエッセンスが受け継がれており、現在のラズパイ・オーディオ用ソフトウェアの礎を築いたのがVoyageMPDだったというのは、おそらくここ数年、ボクと同じようにこの辺りの情報を追ってきた人達にとっても異論の無い真実かと思う。
なお、2015年のバージョン「0.10.0」の公開でもって、開発が停止してしまっているVoyageMPDだけど、その素性はまだまだ放置するのはもったいないと思っていたりするので、開発の再開を大いに期待したいところだ、、、と思ったら、2017年1月にバージョン「0.11.0」が公開されている!
Voyage Linux and MPD 0.11.0 (silently) released
Release highlights:
- 4.1.6 kernel (-rt for MPD)
- Jessie 8.7
- MPD 0.19.12
- support APU2 board and leds
最低限のテストしかしていないためどこか壊れているかもしれないという事だけど、まずは賢人の復帰を大いに喜びたい。
窪田 洋さん(みみず工房管理者)
上記のVoyageMPDの小さなブームが2012年末~2013年くらいにあったのだけど、その潮流の中心にあったのが、この「みみず工房」というサイトだったように思う。
みみず工房
ここのサイトには、ボクも当時、多くの情報を参照させていただき、大変お世話になったと記憶している。
このサイトの中で、MPDをリアルタイムカーネルに対応させる方法や、多くの人は胡散臭いと思うかもしれないけど、カーネルチューニングや処理の優先度をいじる事による、高音質化などの基礎ができあがったように思う。
特に大きな功績だと思うのが、本家のVoyageMPDにそれらのフィードバックが注入され、ローカル版では無く、本体自体がより良い物に進化した事で、日本のオーディオマニアのいわゆる「異常なこだわり」が技術として正しく発揮され、VoyageMPDを一段進化させたという点は素直に賞賛に値するポイントなんじゃないかと個人的には思っている。
そして、このVoyageMPDの進化の中で培われたノウハウは、その後の現在にいたるラズパイ・オーディオの中でも脈々と受け継がれており、先ほども書いたように、VoyageMPD自体の進化とその経緯がなければ、現在のラズパイ・オーディオも無かったんじゃないかとボクは本気で考えている。
Daniel Matuschekさん(HiFiBerry開発者)
さて、上記のVoyageMPDのブームの少し前である2012年2月に初代RaspberryPiが発売され、そこから、新しいいわゆる「組み込み系機器」ブームが到来する事になる。
当然、先行してVoyageMPDなどを試していた人達にとっても、これらの組み込み機器の登場は無視できず、(ボクも含めて)色々試していたのだけど、VoyageMPDで培ったノウハウを適用しても、どうしても(USB-DACでの使用においては)VoyageMPDの音に近づける事ができないというジレンマ(※)があり、皆があきらめかけてきた頃に、注目を集めたのがRaspberry PiのGPIOから取り出せるI2S信号だ。
I2S信号というのは、コンピュータの内部配線上で、使用されるデジタル音声信号そのもので、この信号を使用すれば、外部DAC(DAコンバータ)に直接デジタル信号を入力する事が可能となり、仕様上劣化を伴うDD変換による音質のロスを最小化する事ができる。
このブームにより、RaspberryPiにドーターカードの形状で直付けできるDACが登場する事になるのだけど、2013年の夏頃に登場したHiFiBerry DACはその走りだったように記憶している。
Daniel MatuschekさんはこのHiFiBerry DACの開発者であり、その後も、SPDIF出力を持つ、HiFiBerry Digiシリーズや、直接スピーカー駆動可能なHiFiBerry Ampといった製品を精力的に発表し続け、Crazy Audioというサイトでは様々な検証に基づく有用な情報を公開していたり、このラズパイ・オーディオの常に先頭を走ってきたと認識している。
なお、2016年にはRaspberry Piの持つ「PLLゆらぎ」を解決する「HiFiBerry DAC+ Pro」を発表し、これが新しい流れを産むのだけど、それについては後述する事にしたいと思う。
たかじんさん(SabreBerryシリーズ開発者)
上記で紹介したHiFiBerryはいたってシンプルな設計で構成されているので、こだわりの強いオーディオマニアの中では、初代raspberry piの電源周りの弱さや、DAC自身の電源回路の甘さから、もうちょっと「オーディオ的に」なんとかならないか、なんてモヤモヤしてたのも事実。
そのような状況の中、2014年の春頃にIrBerryDACというPCM5102を用いたRaspberry Pi用のDACの頒布を開始(国内で初のラズパイ用DAC)して、注目を集めたのがnew western elecというサイトを運営するたかじんさんで、このIrBerryDACの高音質に皆が驚き、ラズパイオーディオが再評価され、ここから日本のラズパイオーディオは始まったんじゃないかとボクは考えている。
new_western_elec
この、たかじんさんの設計する基盤の特徴は、たかじんさんが過去に培ってきた基板設計に関する知識が、小さな基板にギュッと凝縮されたと言っても過言では無い、非常に丁寧な設計がなされている点で、この点では未だにその他の廉価な類似品の追随を許さないものとなっている。
そして、その後はRaspberry Pi側のインターフェース変更に伴い、ESS社のES9023を採用したSabreBerry+、さらに高音質を追求し、ES9018Q2Cを採用したSabreBerry32など、その時々での業界の最先端の動向を押さえた魅力的なDACを次々と精力的に発表し、RaspberryPi用のDACとして最高のDACの一つは「ここ日本にある」と言い切っても良いんじゃないかと思っている。
なお、SabreBerry32では、先に書いた「HiFiBerry DAC+ Pro」で「Raspberry Piの欠点であるPLLのゆらぎを克服した」と書いたのだけど、ここで採用された方式を参考にして開発がなされているという話もあり、こんな風に「賢人同士がお互いに切磋琢磨しあって高めている」という事実も、このラズパイ・オーディオの素晴らしいところかと思う。
なお、たかじんさんの設計する基板はDACのみに留まらず、アンプ基板、ヘッドホンアンプ基板と大変に魅力的で優秀な基板を設計&開発しており、ボクもずっと「0dB HyCAA」というヘッドホンアンプも愛用していて、大変にお世話になっていたりする。
たかじんさんはラズパイ・オーディオのみならず、今後も、目の離せない賢人と言えるかと思う。
Michelangeloさん(Volumio開発者)
さて、以上の通り、ハードウェアについてはどんどんと最適化されているラズパイ・オーディオだけど、ソフトウェア側の進化も重要なファクターと言えるだろう。
特に、ボクも含めて、皆がラズパイ・オーディオを始めた頃にはRaspbian(Raspberry Pi用のDebian)でもこれらのI2S接続のDACをサポートしておらず、そういったドライバーのレイヤーから準備が必要な状況であった。
この時、皆が考えていたことが、「Raspberry Pi用のVoyage MPDが欲しい」という事で、2013年の1月頃にはボクも「Emergency」カーネルという、不要な機能を全てオフにしたカーネルをリアルタイムカーネル化というCPUの優先度を制御できるようにしたものをベースにRaspberry Pi上でmpdを動かす事にチャレンジをしていた。
その同時期に世界でオープンソースの手法で開発が開始されたのが現在のVolumioの前身である「RasPyFi」であり、この開発者がMichelangeloさんだ。
このRasPyFiは、開発当初こそ、傲慢ながら「ボクの自力で作っているラズパイ・オーディオの方が上だな(当時、RasPyFiはリアルタイムカーネル化できていなかった)」なんて思っていたのだけど、途中なんらかのブレイクスルーがあり、Volumioと名前を改名し、洗練されたUIを備えたなんとも美しく、誰にも使えるディストリビューションへと一気に進化した経緯がある。
その後、Volumioは1.55というバージョンでは安定性や軽さといった点で一旦ボクは完成したと思っていて、その後のUI周りが刷新された2.0以降のバージョンもあるけど、未だにボクはこのVolumio1.55を愛用していたりする。
その他、同様のUIを持つディストリビューションもあるけど、Volumioは一般の人達でも大変に使いやすく、門戸を広くした初めてのラズパイ・オーディオ用のディストリビューションであり、その点で大変にこのラズパイ・オーディオの敷居を低くした、重要な要素と言って良いかと思う。
digififan さん(LightMPD開発者)
さて、とは言え、Volumioへの進化が大きな疑問をもたらしたのも事実。それはそもそもVoyageMPDをイメージして開始されたRasPyFiの開発理念からすると、「WEB UIとか充実させてそんなに色々動かすと余計な処理にパワーを食われて音が悪くなるんじゃないか?」という疑問だ。
そのような中、登場したのが、日本製のディストリビューションであるLightMPDだ。
デジファイのおと
LightMPD自体はdigififanさんの手によって、元々2013年の秋頃にBBB(Beagle Bone Black)という機器上で動くディストリビューションとして開発された音楽再生特化の超軽量Linuxで、その後、CuBoxという同様のスモールPC、PC Engines 社のapu1c、と動作対象を広げていって、最後にRaspberry Piに対応したという経緯がある。
このLightMPDは、ボクの印象ではまさにRaspberry Pi上で動作するVoyageMPDの真の後継という風に思っており、
・buildrootという組込み向けのLinuxを作成できる仕組みで「音楽再生」特化のLinuxとして作成されている
・SDカードからOSイメージをメモリをロードした後はSDカードをアンマウントし、いつでも電源OFF可能
・リアルタイムカーネルが導入されており、リアルタイムパッチがあたったMPDの動作を細かく制御可能
といった具合に、まさに過去からの叡智と、digififanさん自身のこだわりが凝縮された素晴らしい音楽再生用国産Linuxと言って良いかと思う。
その一方で、OSの基本設定やMPDの設定などはテキストファイルに外出しとなっていて、初心者にも利用が可能となるよう工夫されており、世界のどこにもない唯一無二の珠玉の音楽再生用OSと言えるだろう。
ほーりーさん(ほーりーさんの日記管理者)
さて、やっと7人目です(笑)
ちょっとほーりーさん自身がここに挙げられる事をどう感じるかわからないけど、ラズパイ・オーディオの歴史の中で、重要なポイントを築いた賢人として紹介したいと思う。
Raspberry PiにはI2S信号を出力する機能があるという風に先に書いたと思うけど、実際にはI2S信号のうち、MCLK(MasterCLK)という信号自体は出力できないという問題と、LRCLKという信号が「クロックの生成に使用するPLLの制約でカーネルでズレを強制補正されており結果クロックが揺らぐ」という問題の2つの課題があり、この問題提起と解決策についてブログの中で解を示したのが、このほーりーさんである。
ほーりーさんの日記
このほーりーさんのこれらについて言及した記事はかなり、このラズパイ・オーディオ界隈にインパクトを与え、LightMPDのカーネルにも同手法が採用(現在はピッチの問題で実装はされていない模様)されたり、たかじんさんも実際に試して、その効果を記事に書いたり、ごく一部で大変に流行し、この「クロック数の正確さを犠牲にして、パルス幅の正確性をとる」という手法はシンプルかつ有効な手法として一つのラズパイ・オーディオの到達点となったかと思う。
そして、結果として、このラズパイ・オーディオのクロックの欠点を完全に克服するためには、マスタークロックをDAC側に搭載して「マスタークロックモード」というDAC側のクロックを基準として動作させる方式をとるしかないという道を示した立役者と言える。
なお、ほーりーさん自身のその他の音質にかかわる改善ポイントも盛り込んだ「ほーりーさんバージョン」のVolumio1.55はおそらく現在でも愛用者が多いと思われ、その点でも無視できない存在と言えるだろう。
七人の賢人に感謝しつつ明日の賢人を目指す
さて、以上、七人について紹介してみたけど、彼らを「賢人」と呼ぶ所以は、何らかの課題に対して突破口を見つけ、誰よりも早くチャレンジし、その挑戦と成果をボクらに提供してくれている点が大きい。
当然、これ以外にも多くの人が色々な事にチャレンジしてきて、情報を公開しているわけで、ラズパイ・オーディオの進化は決してこの七人の努力によってのみ、成り立っているわけではないという事にも言及しておきたい。
それでも、やはり、ここに挙げた七人の方が挑戦し、一般に向けて公開してきた基板やソフトウェア、および情報は、「ラズパイ・オーディオの戦局を変える」程に重要で、その点では、この七人がラズパイ・オーディオ道を切り拓いてきた事は、間違いのない事実だとボクは思っている。
以上の通り、皆さんには、このラズパイ・オーディオがいかに多くの人達の努力と研鑽によって成り立っているかを知ってもらえれば幸いです。
そして、明日の賢人に皆さんもなっていただける事を大いに期待します!!
ボクもいつか賢人と呼ばれるほどの貢献をしたいなあ、、、
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